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「寺家」とは何か?

「鎌倉殿の13人」面白い。「独眼竜政宗」より面白い。


征夷大将軍になって、源頼朝がついに「武家」のトップに立ったかと思ったら、前回の放送で世を去った。

源氏・平氏・北条氏等、侍は皆「武家」である。


後白河法皇・安徳天皇・後鳥羽天皇・九条兼実等、都に居る貴族が「公家」である。


では、「寺家」とは何か?


「僧侶」や「神主」のことで、神仏に仕える人々である。


「鎌倉殿」に出て来るあまりパッとしない「阿野全成」は、生まれは「武家」だったが、出家して(させられて)、「寺家」になった。


現在の珠洲市三崎町寺家には、明治初期の廃仏毀釈、明治末期の神社合祀以前は、6社、15寺(高勝寺僧坊東西6寺ずつを含む)存在した。


1777年能登名跡誌によると、「寺家に70軒」

塩津上野の家は含めていない、ようだ。


それにしても、「寺家率」が異常に高い。

故に、職業階層としての「寺家」が、地名としても使われるようになった。



昭和「寺家200軒、2社3寺」

令和「寺家150軒、2社2寺」







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