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幻の珠洲岬灯台

道の駅すずなりで、「禄剛埼灯台」というリーフレットをもらって来た。「狼煙」の宣伝ばかりでなく、珠洲市の神社、キリコ祭りの代表として、「須須神社」「寺家キリコ祭り」も紹介されていた。

初点灯が明治16年(1883)、スコットランド風の灯塔、フランス製のレンズ、日本人による設計。


非常に有名な灯台である。この灯台のおかげで「狼煙」は知られるようになった。

だか、実は、灯台建設第一候補地は、寺家の珠洲岬(金剛崎)であった。

当時、寺家の漁師が猛反対した。結果、港がなく漁師のいなかった「狼煙」に移った。

戦後、国の計画で、寺家漁港が大々的に整備されることになった。この時も寺家の漁師は猛反対した。結果、「狼煙」に移った。舟を「狼煙」に売った人もいた。灯台があっても漁に影響はなかったようだ。


民俗学者に聞くと、「明治初めまで、狼煙は、なんでもなかった。【狼煙最果て、この世の地獄、寺もなければ御坊もない】と謡われていた。有事の時、【狼煙】を上げたという記録も、全くない」


それが、あれよあれよという間に、「狼煙」は偉くなった。寺家は追い越されてしまった感がある。観光客は「寄り道パーキング寺家」を通り越して、「道の駅のろし」に寄っている。

移住者も寺家ではなく「狼煙」に移住する。「大浜大豆」も、寺家の「大浜」が発祥ではなく、折戸町にある砂浜が発祥というストーリーになっている。

「狼煙」は鉢ヶ崎に似ている。共に、もともと何もなかったのである。なかったが故に、開発が進み、偉くなった。


写真は、珠洲岬(金剛崎)、禄剛崎の沖から撮影した。右端に禄剛崎灯台、左方の山伏山最高部の真下に珠洲岬(金剛崎)、ランプの宿が見える。

やはり、珠洲岬(金剛崎)に灯台があった方が、より機能的だと思われる。


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