珠洲郡と鳳至郡 珠洲はなぜ出稼ぎが多かったのか 【後編】

そこで、珠洲の人達は、次男以下も、なるべく金沢に出て行かなくてもよい方法を思い付いた。


長男が田畑財産を一括相続することを緩めて、次男以下にも分けることにした。当然、その分、生活は苦しくなった。

補う為、出稼ぎに行くことにした。

故に「能登杜氏」が増えた。

現在、状況は変わって、他地方出身者も出て来たが、

本来、「能登杜氏」は、「珠洲郡出身者」ばかりであった。


昭和29年に県内5番目の早さで、「珠洲市」が誕生したのは、出稼ぎによって人口を支えていたからである。


寺家でも、昭和末期まで軒並み出稼ぎに行っていた。


柳田村(鳳至郡)は長男一括相続を貫いた。故、1軒あたりの収入は大きいが、人口は少ない。


面積を比べると、

「珠洲郡」の2倍以上、「鳳至郡」はある。


「郡」の面積は、「人口」によって決められていた為、人口の多い「珠洲郡」は、人口の少ない「鳳至郡」の面積の半分以下になったのだ。


冒頭の話に戻ると、

「貧乏だったから出稼ぎが多かった」のではない。

「皆で共に暮らす為に、【出稼ぎ】を選んだのである」


加えて、珠洲は、もともと海幸山幸に恵まれた豊かな土地である。


盛大な祭りが出来るのは、豊かだからこそである。


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